独特のビジネスモデルが(一部で)話題の創造系不動産の代表・高橋寿太郎(たかはしじゅたろう)さんの著書、「建築と不動産のあいだ そこにある価値を見つける不動産思考術」の読書レビューです。一級建築士の資格を持ち、建築設計事務所勤務から不動産業へとワークシフトした著者がたどりついた新しい不動産屋の姿が柔らかく読みやすい表現で記されています。
オビには「建築家必読!」とありますが、土地を取得して住宅+αを建てようとしている建て主側にとっても、とても興味深い内容でした。
創造系不動産とは?
著者が代表をつとめる創造系不動産株式会社は、「建築と不動産のあいだを追求する」という経営理念、ブランドコンセプトを持つ不動産デザインコンサルティング会社です。単なる不動産会社との違いは、“すべてのプロジェクトで、建築家やデザイナーとコラボレーションする”ところ。
独特で、ともすれば閉鎖的な建築業界(ハウスメーカー等も含む)と不動産業界。個人や一般法人が土地と建ものを取得するにはそのそれぞれの縦割り分野と相対する必要があります。ここで、建築業界と不動産業界が分断されていることにより、建て主の利益が大いに棄損されている可能性が高い。その隙間を埋めるのが創造系不動産であり、そこで重要な役割を担うのが建築家の職能である、というのが著者の主張です。
なぜこれからの建築に不動産的思考が必要なのか
キーワードは下記3つです。
- 大比較検討時代
- 多様化する建て主
- 家づくりフローの分断
1→2→3はそれぞれ因果関係で連なっています。つまり、前後も含めて省いたところを補足しながらテキストにすると、こんな感じ?
インターネットによって大比較検討時代が到来している。大比較検討時代の到来により、建て主の多様化が不可逆に進行している。多様化した建て主はオーダーメイドの建ものづくりに向かうが、家づくりフローの分断によって本来実現されるべき価値や価値観の棄損がおきている。
これからより自分たちならではのヴィジョンや価値観を具現化することを企図した建もの(住宅)づくりの需要は増えていくはず。そこには見逃せない建て主の不利益が隠されているので、そこを埋めることは“三方良し”のビジネスとなるはず。おもしろいですね。
特に興味深かったのは、“建築と不動産の壁”を資格的に表したイメージ図です。
建築業界と不動産業界の間に立ちはだかる“壁”(というか溝ですね)が、どんな二項対立に由来するのかわかりやすく整理されています。それぞれの業界で働く“人材”の違いや、“成り立ち”の違いが、とてもわかりやすく示されています。
もはやこのふたつの世界やそこで活動人材同士がわかり合うことなどあり得ない、というような絶望すら感じます。笑 それでも、この二つの世界の融合、もしくは連絡、もしくはフェーズの境目でのスムーズなバトンタッチが、建て主の利益最大化のために不可欠。できるといいですね。
著者はもともと建築からスタートしていますので、「これからの建築に不動産的思考が必要」という表現になっています。
逆もあり得る気はしますが、順序としては不動産業から入ったビジネスマンが建築的な技能や資格、そしてメンタリティーを獲得することは現実的でないため、このようになるのでしょう。
とても論理的な帰結です。
クリエイティブな不動産思考の方法
上の図は、本書にも掲載されている著者が考案した創造系不動産の建築不動産フローです。
家づくりは、V:ビジョン、F:ファイナンス、R:リアルエステート(不動産)、D:デザイン、C:コンストラクション(施工)、M:マネジメントの6つのフェーズを順番に進んでいくとうい整理です。この一連のフェーズのすべての建築と不動産は関わるべきでり、上下のそれぞれの波の高さや互いへの距離間は、フェーズごとの役割分担や関わりの強弱を表しています。よくできてますね!
ここで重要なのは、通常の家づくりでは前半VFRを不動産が、後半DCMを建築がそれぞれ担っており、その境界に決定的なディスコミュニケーションが発生していたという指摘です。私は門外漢なので実感としてはないのですが、もしそうだとしたら解決すべき課題でしょう。ビジョンを描くには建築家の職能が有用ですし、建もののマネジメントは不動産の領分であることは明らかですから。
各フェーズについての詳細は、ぜひご自身で。
繰り返しますが、建築不動産フロー【VFRDCM】の部分部分は、それほど特殊でなく、一般的なことです。しかしこれらが建築家と不動産コンサルの二人三脚でサポートされ、一つのビジョンで一貫性を持ち連続した時、特別な物語が生まれるのです。
「建築と不動産のあいだ そこにある価値を見つける不動産思考術」P106
建築的・不動産的思考の実践
本書中には、6つのケーススタディーが掲載されています。建築と不動産のあいだを、不動産コンサルとしての創造系不動産と、協働する建築家がどのように埋めえたのかの実例です。
土地選びの一般解が、誰にとっても正解とは限らないということがよくわかります。例えば高い土地=良い土地というのは当たり前のようですが、そうとも限らないというようなケースが紹介されています。なるほど。
また、土地選びでよくあるのが「決め手にかける」という悩みです。
- どこも一緒のように思える
- それぞれメリデメあるけど、どんぐりの背比べに思える
- その土地で自分たちの希望が叶えられるのかどうかわからない
- 高さ制限があるけど、我が家の目論見には影響があるのかな
土地探しをしたことがある方なら、みな感じたことがあるのではないでしょうか。
ここでメイクな判断軸や切り口を提供し得るのが、建築家というわけです。民法や宅建業法ではなく建築基準法を熟知し、過去に豊富な経験を持ち、所与の条件からできあがりの建ものをイメージできるのは建築家です。日当たり、風通し、季節の移り変わりなど、そこで過ごす時間まで思いを巡らすことは、未来の施主と不動産業者だけでは無理でしょう。
どれも、とても興味深いサンプルでした。
おしまい
主張と根拠→実現への方法論→実例と、とてもロジカルな構成。ひとつひとつ納得しながら、スイスイと読み進められます。「建築家必読!」といううたい文句は、創造系不動産のビジネスのトリガーが“建築家からの相談”であるからと想像しますが、一般的な不動産業者も建て主にとっても、一読の価値のある一冊だと感じました。つまり、良書です!
発行元 学芸出版社
発行日 2015年4月25日
価 格 2420円(税込)
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