当代きっての住宅建築の名手である堀部安嗣(ほりべやすし)さんの著書、「住まいの基本を考える」の読書レビューです。吉岡賞や日本建築学会賞の受賞や、瀬戸内海の周遊ホテルシップ<guntû(ガンツウ)>の設計など、現在大活躍中の建築家です。そんな著者が考えている、住宅建築の基本が、120ページほどの薄い冊子の中に凝縮されています。テキスト、イラスト、写真、設計図など、さまざまな表現とイメージを駆使しながら、とても平易な表現で語られている、建築のプロ以外でも楽しく読める良書だと思います。
著者の堀部安嗣(ほりべやすし)さん
50代前半、脂が乗り切ってますね。建築系の専門雑誌にも頻繁に登場されます。建築賞の審査員としてもおみかけすることが多いです。
メモ
堀部安嗣(ほりべやすし)
建築家、京都造形芸術大学大学院教授。1967年、神奈川県横浜市生まれ。筑波大学芸術専門学群環境デザインコース卒業。益子アトリエにて益子義弘に師事した後、1994年、堀部安嗣建築設計事務所を設立。2002年、〈牛久のギャラリー〉で吉岡賞を受賞。2016年、〈竹林寺納骨堂〉で日本建築学会賞(作品)を受賞。2017年、設計を手がけた客船〈guntû(ガンツウ)〉が就航。同年、「堀部安嗣展 建築の居場所」(TOTOギャラリー・間)開催。作品集に『堀部安嗣の建築 form and imagination』(TOTO出版)、『堀部安嗣作品集 1994-2014 全建築と設計図集』(平凡社)。主な著書に『建築を気持ちで考える』(TOTO出版)、共著に『書庫を建てる 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』(新潮社)など。
実は私の友人の実家が、堀部安嗣さんが設計されたということで一度お邪魔したのですが、とても落ち着いた雰囲気のよい建ものでした。
仕事の進め方についても話を聞いたのですが、よく聞く若手建築家のやり方とはまったく異なり、すでに住宅建築についての考えや哲学が定まっている建築家のすごさを感じました。笑
書籍「住まいの基本を考える」について
本書の冒頭「はじめに」を読んでわかるのは、堀部安嗣さんが現在の日本の住宅建築事情をとても憂いているということです。
堀部安嗣さんは、いま私たちが日本で目にしている“普通の”住宅建築は正しい姿をしているのだろうかと、読者に問いかけます。堀部安嗣さんはそれに明確にNOと言い、もっとしかりと「住まいの基本」を見つめ直すべきだと主張します。
そこには革新的な表現やアイディアはないかもしれません。ファンタジーやフィクションもありません。しかし、だからこそ時と場所と状況をしっかりと見きわめた“住まいの基本”を粘り強く考え続けることに、私は大きな充実感を得られるようになってきたのです。
「住まいの基本を考える」より転載
「住まいの基本を考える」は全128ページ、サイズはタテ21cm×ヨコ18cmです。
決して専門書ではなく、一般の生活者に向けて平易な言葉で書かれた住宅についての読み物です。ストレスがない家を追求する著者の堀部安嗣さんが、その実現のために情緒と機能性の重要性をわかりやすく解説してくれます。
とてもテキストとイラストと写真のバランスがよく、すらすらと読めてしまいます。
建築家の本だけあって、住宅に関わるデータは間取り図とともにしっかり記載されているので、いままさに住宅を建てようとしている私のような読者にはとても参考になります。
以下、記載されているデータです。
- 主体構造
- 用途
- 敷地面積
- 建築面積
- 延べ床面積
- 家族構成
- 冷暖房方式
- 換気方式
- 施工
- 竣工
家族構成、冷暖房方式、換気方式が記載されているのは、堀部安嗣さんの住宅についての考えが現れている一つのポイントかもしれませんね。
以下、本書をざっと読んで、印象に残ったポイントのメモ書きです。
住宅とは、“進化した人間の巣”
建築のはじまりとは、とてもプリミティブな風景。人は環境にあわせていろいろ工夫ができるし、自分たちにとってふさわしい快適な居場所を本能的につくることができます。
動物たちは、自然の脅威に対して“巣”を作るのですが、進化した(でも肉体的には弱い)人間はさらに安定した居場所を求め、それが建築として発展していきました。だとすると、本来建築とは、“進化した人間の巣”であると著者は言います。そして、動物たちが作り出す環境に適応した巣の“必然の美しさ”を引き合いに出し、人間の巣たる住宅建築にもそんな美の質を求めていきたい(いくべきだ)、というわけです。
住宅とは、“帰る”場所
住宅とは、どんな心身の状況にある人でも寛容に受け入れ、心の底からリラックスできる場所でなくてはならない。おっしゃる通りだと思います。
行くか行かないかを決めることはできず、(だいたいの人は)家に“帰る”しか選択肢がないわけです。美術館やホテル、もしくは中華料理やフルコースのフレンチなど、日によって選択の可否をめられるものではなく、常にひとつの選択肢しかありえないのが住宅の大きな特徴です。
だとしたら、住宅には強い刺激や濃い表現といった強くはっきりした味付けは必要ない。ときにそのことが退屈でつまらないものと捉えられてしまうかもしれないけれど、住宅設計には淡々とした表現を粘り強く続けていく確かさが求められるというわけです。
でも一方で、いま現在の“普通の”住宅の姿が正しいものでなかったとしたらどうでしょう。人間や環境の本質に寄り添った住宅建築は、もしかしたら刺激的なカタチをもって目の前に現れるかもしれません。私はそんな建ものに興味がわきますし、そんな住宅に住んでみたいです。
堀部安嗣さんがおっしゃる通り、住宅建築の真価は長い時を経てしか現れません。机上でいくら考えてみたところで、結局誰かが住み続けることでしか結果はわからないのです。
いま私にできることは、しっかりと自分たちの生活と住む土地のことを理解し、あらゆる可能性を排除せず、建築家と最大限のコミュニケーションをとりながら、自分たちが住むべき家の姿を粘り強く描き出すことです。
できるかな。笑
住宅のほどよいサイズは100平米
もちろん住宅に必要な広さは家族の人数や家庭環境によって異なります。でも、同じ住宅をつかう何十年というスパンで考えると、住む人の増減は絶対にあります。さらに、従来の日本の住宅は断熱性能が低いため、大きな家でも結局のところ快適なスペースは限定され、結果的に小さな家になってしまっているといいます。
そして、堀部安嗣さん経験上導き出したのが延床面積で100平米前後というもの。このサイズが、住宅建築の一つの基本単位になるのではないかと結論付けています。100平米前後とは、数人で暮らしても窮屈でなく、一人になっても寂しくない、そんな大きさだというのです。
いま計画中の新築住宅は、25坪〜30坪程度。平米になおすと82〜100平米といったところです。ざっくりですが、堀部安嗣さんの理想のサイズと言えるのではないでしょうか。
逆に、想定内の最小となると、少々狭めであるということもわかります。できるだけ30坪に近づけられるよう、知恵をしぼっていくことにします。
それにしても、世にでている住宅関係の図書でいうところの「小さな家」「小さな家」の上限って、だいたい延床30坪(約100平米)くらいなんですよね。いま現在、都心近くのマンション暮らしである私にとっては、100平米なんて夢のまた夢。現実感のないサイズなんですけどね。いざ戸建てをたてるとなると、広ければ広いほど良いというマインドになってしまうものなのでしょうか。
”いい環境”とは、ストレスの少なさ
住宅においての“いい環境”とは、すなわちストレスが少なく状態だといいます。
広さ狭さのストレス、明暗のストレス、騒音振動のストレス、動線のストレス、景観のストレス、さらには寒暖温熱に関わるストレスなど、住宅に関連するストレスは多岐にわたります。これらのストレスを注意深く先回りして排除してくれるのが“いい環境”を実現した住宅というわけです。
これもあまり反論しようのない主張なのですが、特に印象深かったのがシチュエーションの設定です。
住まい手は、あらゆるストレスに打ち勝てる元気なとき以外にも住宅に住み続けることになる。人が孤独や絶望といった負の状態にあるときこそ人を温かく包み込み、真価を発揮するものが建築であり、特に住宅においてはそこを重視すべきだというのです。
弱者の視点。この感覚にはとても感銘を受けました。
懐かしい未来に向けて
“新しさ”と“懐かしさ”は隣り合わせである。そして、自分がまだ訪れたことはない世界にも懐かしい場所は存在していて、それを発見できることは喜びである。この感覚はとてもよくわかります。もしかしたら、テレビやマンガをみていて、自分の記憶にはない過去(あり得たかもしれない過去)に赤面してしまうことがありますが、それと似た感覚かもしれません。
違うか。笑
堀部安嗣さんが主張するのは、原風景を大事にしようということです。
“変えるべきこと”と“変えなくてもいいこと”を整理して、本当に大事なものを失わないようにしようということです。
建築こそ、人の五感の全てが実体として集約されており、人の記憶を宿し、そして呼び起こす能力がきわめて高いものなので、その役割をしかり果たさなければならないと考えています。
「住まいの基本を考える」より転載
建築家としての強烈な自負と決意表明。
この言葉から感じるのは、新しいものを創り出そうという意気込みではなく、すでにあるものを探し出して再現しようとう探究心です。
“居心地のエッセンス”は昔からいまに至るまで実はそんなに変わっていないし、種類も多くないとのこと。その感覚は、“いま”を大事にすることにつながりますし、何か新しいものを生み出さなくてはならないという“気負い”からも建築家を解放するでしょう。
堀部安嗣さんは、量より質の時代となったいま、住宅は情感豊かな姿に自然に戻ってゆくことができるといいます。そしてそれは、豊かな人の記憶を育み、誇りある原風景を形成してゆくだろうと。
懐かしい未来。
その実現に向けて、私自身にもできることはありそうです。
「住まいの基本を考える」に登場した家|秦野の家
「住まいの基本を考える」には、8軒ほどの堀部安嗣さん設計の住宅が掲載されています。その中で、今の私が一番気に入った家を紹介します。
“秦野の家”です。
郊外に暮らすサンプルとして掲載されていた一軒ですが、ランドスケープと呼応した住まいとうキャッチがついています。庭の一角に大きなクスノキがシンボリックに植えられた、とても印象的な住宅です。
薪ストーブへの憧れはあまりないのですが、こういう家ならあってもいいなぁと思いました。延べ床面性は130.95m2なので、我々の計画よりもかなり大きいですね。敷地も558.51m2と3倍近くあります。うらやまし...
おしまい
建築家に頼んで住宅を建てようとしている人にとって、とてもよい本です。住宅建築の第一線で活躍中の著者・堀部安嗣さんの頭の中をかなり明瞭に覗くことができます。堀部安嗣さんの建築はとてもステキですが、どれも似たような印象だなぁと私は思っていましたが、その理由と必然性を理解することができました。
発行元 新潮社
発行日 2019年4月25日
価 格 2400円(税別)
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